グレーシャーベイ

一万年の森の旅路
グレーシャーベイ国立公園

1925年、氷河環境及び生物圏の公共の楽しみ、科学研究、歴史的関心による目的によって国定公園に指定される。1980年に国立公園、生物保護区に指定され、指定地は数回に渡って拡張される。1986年、ユネスコから「生物圏保護区」に指定される。このような、国立公園、世界遺産という二重の指定を受けたのは、当地のダイナミックな氷河地形そして多種の生命を保護する主要生態系のユニーク性が、世界中に承認されたからである。
大地に蘇る生命
Tidewater Glaciers 潮水氷河

1794年、探検家キャプテン・ジョージ・バンクーバーは氷がびっしり詰まったアイシー海峡を発見する。その当時のグレーシャーベイは、現在のようなフィヨルドを囲むように奥へと続く氷河の海ではなく、僅かな窪みがある巨大な氷河であった。それは厚さが1200メートル、幅30キロ、場所によってはそれ以上あり、海岸から150キロ以上もセント・エライアス山脈まで広がっていた。しかし、1879年、自然学者のジョン・ミュ−アは氷河が80キロも湾の中へ後退したことを発見する。このような急速な後退は他に例をみない。科学者たちは、氷河の動きが気候の変化とどのように関係するのか研究している。
その昔、高い山に降り積もった雪は、雪自身の重さに圧迫され、長い年月を経て固い氷となり、氷河を形成してゆっくりと斜面を流れて行く。そして、末端から崩れて行く氷河は再び海へと帰って行く。現在、グレーシャーベイで見られる氷河は、4000年前の氷床が残ったものである。
カヤックに乗りこみ、爆発音にも似た音を発しながら崩壊を繰り返す氷河の入り江の奥へと漕ぎ出すと、様々な形の氷塊が、ジョンズ・ホプキンス湾を埋め尽くして行く。白い氷塊は多量の空気を内に含んだもの。深い海を想像させるダークブルーの氷塊は、氷河の内部や低部の方で圧迫され空気が外部へと押し出されていったもの。ストライプ模様に茶色い層を含んだ氷塊は、他の氷河と結合したもので、そのときの堆積土の破片を含んでいる。無数にある氷塊には時折、カモメや極アジサシ、などが狩りの疲れを癒している。一瞬、近寄りたい衝動に駆られるが、この氷塊のほとんどは水中に沈んでいて、肉眼からはみえないのだ。もし、近寄り過ぎ、氷塊が突然、転がり動いたら、カヤックなどひとたまりもないだろう。そして、氷の海の冷たさは、人間をほんの10分程度で死に追いやってしまうことだろう。「氷山の一角」という言葉を初めて実感する。
Copyright(C)Shigetaka Matsumoto 2003
キョクアジサシ 北極から南氷洋まで渡る鳥
温帯域の北部から北極海沿岸部まで広い地域で繁殖し、南極大陸のすぐ北の海域まで渡って冬を過ごす。渡りの往復は3万2000キロ以上にもおよぶ。全長35センチ程度の小さな身体の何処にそのような力が備わっているのだろう。
グレーシャーベイ

海抜4000メートル級の山々が連なるフェアウェザー山脈に囲まれ、巨大な氷床から流れるいくつもの氷河は大地を削り、崩壊を繰り返しながら100キロにもおよぶ複雑なフィヨルドを囲みこむ氷河の海を創り出した。巨大な力によって研ぎ澄まされた垂直の岩壁は濡れて異様な光を放つ。アラスカの天地を創造したワタリガラスの宝石。
この無機質な岩と氷の世界に身を置いた時、人は誰しも別の惑星に辿り着いてしまったと錯覚してしまうのではなかろうか。しかし、最後の氷河期に北米大陸のほとんどを分厚い氷床で覆っていたウィスコンシン氷河時代が始まる3万年前以上前、グレーシャーベイは巨木が立ち並ぶ壮大な森であったという。
自然という人知の及ばぬ巨大な力によって、すべての自然を消し去ってゆくという壮大な自然のドラマ。しかし、今も尚、氷河が前進と後退を絶え間なく繰り返すグレーシャーベイは、氷河の後退によって現れた新生の大地に生命を蘇らせている。
人の一生を遥かにこえた、気が遠くなるような太古の時間。

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